当世タイ売春婦事情(後編)

当世タイ売春婦事情(後編)

後編

1杯署って貰えば1杯につき30バーツ、1日に頑張って3杯箸って貰えば90バーツとなり、1ヶ月に約3000バーツ。

差引1500バーツ残る。

あくまでも計算上は何とかなるという結論だ。

けど重要な見落としがある。

まず、これでは田舎に送金するお金が計算に入っていない。

それに必要経費は固定経費だが、収入の方は給料を除けば変動収入だ。

体を悪くしたり、オフシーズンでお客の入りが悪かったり、いつも毎日3杯のドリンクバックを得られるとは限らない。

必要経費と給料を差し引いた4500バーツ以_上の不足分を補うべく仕事をしなければならない。

そこで−度に大きなお金が入る「ペイバー(連出し料、売春)」に力点が置かれる。

ペイバーが一回あれば、ショートで少なくても500、ロングで1000バーツ。

それからお客が払ったペイバー料の中から100バーツ貰える。

つまり、ロングが月に4回あれば子供のいる親元に定期的に仕送りができる。

だから必然的に彼女達はペイバーを願うようになるし、月に4回の損益分岐点は彼女達がクリアーしなければならないハードルのようなものなのである。

このハードルをクリアーできないホステスは自然淘汰の原則の基にバービアから去ることを余儀なくされる。店のシステムが売春をしなければ生きては行けない生存競争を強いているのである。

最後に彼女達の売春に対する意識について。

売春が社会的な罪ではない、とされていることは前にも述べましたが、それ故に彼女達からは「暗さ」というものは微塵も感じられない。

むしろ、なみいるホステスの中から自分が選ばれたという女性独特の優越感を、その瞬間、顔に見て取れる。

まだ自分は「女」として魅力があり、好きになってくれる男がいるんだ、という「女」の満足感を再認識しているようである。

それに根本的に彼女達は「愛」に飢えている。

子供を田舎に残し、家族と別れて長期間見知らぬ土地で生きなければならない。

頑張って田舎にお金を送金しなければならない、というプレッシャーも同時に負っている。

自分を愛してくれる人(外国人でも、いや外国人の方がベターに決まっている)がいれば、それらの圧迫やノスタルジーから離れて生活したいという願いは充分に理解できる。

それに永久就職できる相手ができるというのは、自分の老後の生活にも展望が開ける一石二鳥の意味がある。

だから彼女達は「白馬の騎士」が現れて、自分を幸福な世界へと連れていってくれる

ことを願っている。彼女達がそういう小さな幸せを願ったとしても悪くはない。

長い目で見れば、このホステス業だって何年できるか、頑張っても30歳迄が精一杯であろう。

早熟なタイ女性は体の衰えも日本のそれに比べて早い。

多くのホステスは食習慣による栄養失調気味で、また寝不足による(午後3時から朝の3時までが勤務時間、休みは1ヵ月に2日程度)過労状態である。

職業病である性病や肝臓疾患、皮膚病にも催り易い。

病に罹れば病院に行くお金もなく、薬局の薬を買って直そうとする。

直らなければ、すぐ田舎にお引き取り願うことになる。

保証もなければ保険もない。「はい、それまでよ」

運良く30歳まで働けたとして、その後の生活設計はどうするのか?

どうするか、と考えるのは日本人的である。

考えたいが彼女達には考えることができないのである。

考えるということは選択肢がいくつかあって、その中からどれを選択しようと考えるから悩むのであって、彼女達にはその選択肢が無いから考えられない。

今まで働いて貯めたお金があるだろう、と考えるのも極めて日本的だ。

そんなのはとっくの昔に田舎の家族や親類縁者が食べてしまって無い。

無一文からの再出発がリタイアー後にも待っているということだ。

論理的に、長期的に物事を考えるのが苦手の面倒くさがり屋さんのタイ人。

結局はマイ・ペン・ライ(気にしない)ということ落ち着く。