当世タイ売春婦事情(前編)
当世タイ売春婦事情(前編)
当世タイ売春婦事情
タイの社会を律する有力な勢力に「仏教会」なるものがある。
いかなる国会で成立した法律も、この国では国王と仏教会の同意がなければ陽の目を見ることはできない。
良い例がカジノである。
タイ人は無類のバクチ好き、陸路でタイから出国した相手側の国の町には必ずカジノが存在する。
マレーシア、カンボジア、ラオス、ミャンマー、どれひとつとして例外は無い。
これらのカジノの客は裕福なタイ人である。週末ともなれば、1泊2日で訪れた
人達で溢れんばかりの状態となる。
理由は簡単で、タイは公式には富くじと競馬くらいしか「賭行為」は許されていないからである。
だから地下に潜って、ムエタイやサッカー、闘鶏などの非合法なバクチが流行る。
今から3年前にタイでもカジノを作ってタイバーツが海外に流失するのを止めようとカジノ建設が国会で本決まりになった。
しかし、タイ仏教会が慎重な態度を打ち出したために、建設場所まで決まっていた話は空中分裂した。
一度、タイ国内にカジノを認めれば、それがタイ全土に広がりバクチ好きのタイ人の性格と合い舞って、それに熱中する人が増えて破産者が出、社会の不安定要因になるというタイ仏教会の考えは分からないでもないが、それではどうして「売春」という行為に対しては黙認の態度をとるのだろうか。
昔、日本の門前町に「厄落とし」と称して、有名な寺院仏閣の前には必ず遊廓があったのをご存知であろうか。
この例は別に日本だけにとどまらず、ヨーロッパにおいても教会の周辺には同様な施設が発達していた。
だから、ヨーロッパに行って女遊びをしようとすれば、教会の周辺に狙いをつけてその辺をうろうろと歩けば、大体そういった施設に出くわすのが通例だ。
世界中のどこの町でも人の集まる所には風俗店ができるというのは常識らしく、近年ではターミナル駅や公園の周辺では良く見かける現象である。
キリスト教においても仏教においても、昔は女性が体を売るという行為に対してはあまり厳しくはなかったのではないか。
現在、タイの寺院には小学校が隣設されているところが多い。
つまり、義務教育としての6年間をタイ仏教会が担っている。
これはとりもなおさずタイ人のコモンセンスの形成にタイの仏教が深く関与していることの証左である。
そこを卒業してくる多くのタイ女性が「売春」という行為について罪の意識を持っていないように思える。
いや、これは私の推測というよりは誰でもが認めうる確信に近い。
ということは、小学校の義務教育では売春行為は社会的な「罪」ではない。と教えているのだろうし、批判する対象にはなっていないのではないか。
だからカラオケやAgogo、バービアで働く女性達は妙に明るく、くったくがない。
それらの風俗店で働くことに躊躇はないし、そこで働いていてお客からテイクアウトされることに、喜んで応じる。
あたかも一般の会社や店に勤めていて、その仕事の一環として当然の成り行きが如く売春行為を働く。
夕イ住んでいて、それはどうしてだろうかなどと真剣に考えることがある。
そんなことに真剣になって考察を加える必要も無いのだろうけれど、つい時間を持て余し、付き合っている彼女がどんな精神構造をしているのだろうかと考えてしまう。
考えてこれという結論に達した訳ではないが、またいくら考えたとしてもこれだという確信を持てる訳でもないが、彼女達を取り巻く環境を考えた時に、何か納得させられることが頭に浮かぶ。
まずタイは「男が働かないで女性が働く」習慣があること。
誰か、それは歴史的な所以がある(歴代の王朝は男子に対して使役の義務を課して長期に亘る徴用があったからだ)と言っているが、私は信じない。
何故ならば、この現象は別にタイに限らず、フィリッピンでもインドネシアでもラオスでもベトナムでも同じだからである。
広く東南アジア全体に同じことは言えるのであって、歴史的というよりは民族的と言った方が正しいのではないか。
東南アジアの男は要するにプレーボーイなのである。
生活力も無いのに愛人を3人も4人も作る。これは貴人に限らず、一般の普通の男がそうするのである。
若くして子供を作って、男は仕事をしないで家庭を省みず、他の女のお尻ばかりを追っているとしたらいかがであろうか。
当然、女は子供を親元に預け、現金収入を稼ぎに次ぎなる愛を求めて仕事に出るのは古今東西変わりがない。
第二に、そういう女性にタイでそんなに仕事がある訳ではない。
都会に出て工場で働くか、レストランでウエイトレスでもやるか、風俗営業に従事するか位の選択しかないのではないだろうか。
タイの言葉の中に「ヤンライ・コ・ダイ」というのがある。
意訳すれば「どんな方法でも良いから」となる。
要するに結果的に親族や家族に多くの恵みをもたらした人が良い子なのだ。
田舎に行くと、時々回りの風景とはマッチしない豪著な家を見ることがある。
所謂「タニヤ御殿」である。
これはこの田舎からバンコックのタニヤという日本人の風俗街にホステスとして
勤めて日本人のスポンサーを穫得し、そのスポンサーに、そのスポンサーの金で
両親の為に作った御殿なのである。
両親は、親族はその御殿がいかなる方法を以て建てられたのかは一切問わない。
ただ、その子が成功者として田舎に錦を飾ったのを喜び、恵みをもたらしたことを
褒め讃えるのである。
これを見た隣の家は、私の子供も同じことしてくれるに違いないと思い、田舎で
起こったことを子供に話し、自分にも早く同じことをしてくれるように懇願する。
大家族主義のタイでは両親を大事にするし、家族に奉仕することを美徳とする。
このことを請求された子供達は「どんな方法でも良いから」式で親の夢、請願を叶えようとする。
第三にシステムがそうさせる側面がある。
例えばバービアーに勤めたとしよう。(他の職業に就いたとしても同じこと)運良く繁盛店のバービアーに就職できたとして、そこでの月給は2000バーツが常識の線だ。
日本円にして約6000円。タイの最低賃金法によれば、1日200バーツなのに何故かその3分の一である。
でも誰も文句は言わない。言えば「クビ」になって明日から路頭に迷うことになるからである。
働き手はいくらでもいる。文句を言う者は必要が無い。ここは買い手市場なのだ。
その証拠にパタヤでは毎日バービアーが何軒も新規にオープンする。そこで働くホステスは1軒に10人位必要だが、ホステスはどこともなく集まってくる。
彼女達の住むアパートは8畳くらいの一間に3人位で暮らしている。
エアーコンはないが天井扇風機がついている。キッチンは無いがトイレとシャワーがついている。
部屋代は1ヶ月3000バーツ、電気代と水道代で1500バーツ、合計4500バーツ、一人当たり1500バーツ程度の負担。
次に食事、彼女達は決まった形での食事は取らない。
いつもお腹が空いたら近くの屋台でスナックみたいにお腹を満たす。
時々はお客が、或いは同僚のホステスが買ってきた果物やサラダを摘まみ食い。
でも1日最低でも100バーツ(300円)、1ヵ月3000バーツになる。
それにホステスだから、世界各国の同業の女性と同じように自分を飾る衣裳、化粧品アクセサリーは必需品だ。
これらの費用が1ヶ月2000バーツ以下ということは無いだろう。
締めて1ヶ月の最低費用は6500バーツとなる。
これに対して収入はというと、月給の2000バーツに加え、毎日のチップがある。
お客がくれたチップを纏めておき、翌日の出勤時間に総額をホステスの数で均等に割る。これが大体一人100バーツになるから1ヶ月にすると3000バーツ。
それから、ドリンクバックがある。
以下、後編に続く。








