タイは泥棒だらけ!?
『泥棒天国』
バンコックの平屋の家の塀を見てみると、塀の一番上にガラスのかけて尖ったものを空に向けて埋め込んである。更にその上には鉄条網が3段くらいに張りめぐらされている。
家のドアを見れば2重の施錠は当たり前で、扉が二重になって鍵が合計4、5個もかかっている。これは一重に「泥棒」がいっぱい、アンターライ(危ない)ということを暗示している。私の住んでいる家はコンドミニアムの平屋で、同じ敷地内にマンションのコンドミニアムもある。広大な敷地(1ヘクタール位)に外部から出入りできる入り口は2カ所しかなく、そこは24時間体制でガードマンが固めている。
加えて夜はパトロールが行われていて、各家は他の家と接している部分には夜中一杯、点灯を義務付けられている。外部と接する塀には先程申し上げた塀の上にガラス瓶と鉄条網という設定である。それでも車で住人以外の人が入ろうとすると、入り口で免許証の提示と帰るまでの間ガードマンによって保管される。これは車で来て泥棒をして車で財産を持ち去るのを防いでいるのだ。
さすがにコンドミニアムの中は二重ドアとか鍵を幾つも施錠している家は見たことがないが犬を飼っている家は多い。このようにセキュリティーがどうか、ということは外国人にとって家を決める上では重要なポイントである。幾ら立派な家でも外敵が簡単に進入できたり、ひっそりと寂しい所などは怖くて安心して眠られない。
良く商店に泥棒が入る
入り口のドアーには施錠し、シャッターを降ろして施錠しているのですが、簡単に進入され商品をドッサリ頂かれるケースが見られる。タイの住居、或いは商店というのは鰻の寝床みたいに入り口は狭いが細長く深くできている。
表の備えは固いが裏の備えは以外と粗末である。裏に回ると薄暗い路地で、ドアも簡単に作ってある。またトイレの天井は風通しを良くする為に筒抜けになっている所もあって進入を容易にしている。
泥棒は必ず外からやってくると思ったら大間違いである
多くの場合、内部のものが関係していることが多い。例えばガードマン、泥棒を防ぐ為にガードマンを雇ったのだが、そのガードマンが泥棒、或は泥棒と共犯という、いやはや何とも。これが泥棒に何とか...である。
もうひとつ、以外な犯人がいる。それはメイドと使用人である。特に通いのメイドは要注意。洗濯メイドか食事のメイドかどちらか、或いは両方。家の中を良く知っている。どこに何があるか、その家の人より知っている場合がある。ちょっと目を離したスキにお金は無くなるは、着物は無くなるは、宝石は無くなるはで奥様はお冠。それだけでは無く冷蔵庫に入っている肉類、高価な果物だっていつの間にか消えてしまう。メイドに聞いたって知らないの一点張り。これではお手上げだ。
使用人もある。家で使っていた物、例えば食器、調味料、商品これがどんどん無くなる。どうも怪しいと思って、帰り際の使用人を呼び止めてバッグを開けさせると出るは出るは。頭に来た主人が使用人を連れて使用人の家へ行ったら、自分の所で使っていて無くなったものがオンパレード。何だこれは!!と詰問しても自分が買った。これ一点張り。 そこにあるものが確かに自分のものである事は分かっているけれども証拠がない。諦めて帰って来たという。
タイ人の心の中に裕福な人のものを失敬するということは罪には当たらないという考えがあるのだろうか。或いは、バカなヤツ(注意不足)からは掠め取っても良いと思っているのだろうか。とすればタイには人権という言葉は存在してはならない。全てのタイ人は泥棒だと思い犯人扱いをして臨まなければならない。私の見た範囲では、それは確かに悪い人間もいるだろう。
けど今言ったケースは余り罪の意識は無いと見る。つまり、裕福な人から多少のものを掠め取ってもイイジャナイカ風である。日頃からコキ使われ、怒られ、厭味を言われ、その腹いせとった感じに思える。良い経営者の下では、それではやらないかというとそれはやると思う。その場合はバカなヤツからは掠め取っても良いという論理である。要するに良くても悪くてもやるのである。
これはあくまでも、教育の無いタイ人達のことであり、今述べたことは多くのタイ人には当てはまらないということを、タイ人の名誉の為に申し添えておきます。
おわり








