東京激闘編 その1-1

東京激闘編 その1-1

旅行社という業種はメーカーから物を仕入れてきてユーザーに売り、メーカーからその販売手数料(コミッション)を頂く、いわゆるブロカーである。

故に利益率が低く生産性が悪い、しかし意外と高学歴なエリート集団であるから高給取りが多く、全支出に占める人件費はどの旅行社でも60%近くになる。

全く同じ業種に商社があるが、こちらの方は取扱金額が旅行社の額とは比べ物にならない程大きく人件費係数は旅行社程ではない。

その商社ですらブローカー業を脱しようと石油油田の発掘や鉱物資源の開発、植林や魚の養殖等のメーカーになろうと努力をしている。

それは一重に団塊の世代が会社の上層部を占めた時に経営が成り立たないという危機感に裏打ちされているからである。

世界の旅行業の先駆者であるイギリスの、トーマス・クックは出版事業や旅行小切手の発行などの金融業、チャーター便専門の航空会社に、アメリカのアメリカンエクスプレスは御存知のようにクレジットカードや旅行小切手などの金融業に特化してしまった。

我が日本ではJTBがこれらのあとを追って、今日では世界最大の旅行社になっているが(取扱額のみで経常利益はお粗末なもの)、やはり上記両社と同じ道を歩んでいる他にレストランやレジャー産業などにも乗り出している。

それに旅行社は国内の景気の変動や旅行の目的地の政情や治安、疫病の流行、自然

災害などに影響を受け易い。

だから経営の安定を確保する意味で多角経営に乗り出す旅行社が多いのである。

旅行社の中でも電鉄系や大手上場企業の労務対策上の子会社などは、その旅行社で利益を上げようなどと考えていないのでこの例には含まれない。

私も以上のような旅行社の景色が見えて来たのと、パート4でやっていた副業が会社にバレそうになった事、また会社の添乗員の副収入に対しての取決めが社内に確立されてきて余り美味しい仕事ではなくなったので、そろそろ潮時かなと思って会社を辞めた。

既に旅行社のノウハウは頭の中に入っていたし、懐には添乗員で儲けた多額の裏金がプールされていたので、自分が旅行社と添乗員を兼ねれば同じく美味しいことができるのではないかと旅行社を設立した。

しかし多角経営は考えなければならない。社会的に自分の会社は信用度が薄いし、知名度も低い。旅行社を開いたと言えどもおいそれとは簡単にお客がついてくるとは限らない。

旅行社にいたときの客を横取りしたところで額は知れている。

そこでふと考えた。何が良いか?

私はサービス業出身だからサービス業以外の業種はダメだ。

まず、お客に喜んでもらえるものでないと話にならない。その次に低料金で。その次に来るのは安心してかな?そして新しアイディアが必要だ。

この四つはサービス業の基本だろう。

自分が遊んで楽しいものでないと他人が楽しいと感ずる筈がない。

過去に於いてそれらしい物は有ったかなと熟慮する。

そううだ!あれが有った。

東南アジアに行くと良く私はマッサージにかかった。東南アジアのそれは必ず女性のマッサージ嬢である。

そのマッサージ娘は綺麗な若い娘が多く、丁寧に体の隅々(?)までマッサージをしてくれて最後には屹立した息子を宥めてくれる。

サービス精神の豊富なマッサージ嬢は別料金を出せばスッポンポンになりタッチも0K!中には本番も可能な娘もいる。

その1-2へ続く