いい加減な出勤簿 前編

いい加減な出勤簿 前編

私のいた旅行社にはその頃どこの会社にでも備えつけられていたようなタイムレコーダーはなかった。

「出勤簿」という係ごとにそこに所属する人間の名前を記した紙の綴りがあって、朝、出勤してきたら自分のページをめくって所定の日にちの所に判を押す。

何時何分に出勤しきたかという時間を記す場所はないので出勤した事は分かるが出勤時間はわからない。

始業時間になると朝礼が行われる。しかしそれに必ず出なければならないという決まりはなく、100名近くもいる所員なので誰が朝礼に出なかったのかなどということは問題にならなかった。

流石に係長や課長などのお歴々は所員の前に立って朝礼を行うので、遅れれば支店長の叱責を買うのは当然のことであった。

朝礼が終わるとおもむろに庶務の女性がその出勤簿を回収に来る。

つまり9時30分の始業時間として朝礼が終わるのが9時45分、庶務の女性が出勤簿を回収に来るのが10時、10時までに事務所に入ればセイフということになる。更に救いの手が残されている。

朝起きて二日酔いや、体調の悪いとき、或いは些事で若干出勤が遅れた場合は庶務の女性のところに行き頭を下げて出勤簿に判を押させてもらうのだ。

庶務係長はそれを見ていても何も言わない。だから庶務の女性には付け届けは是非必要となる。

まだまだウルトラCが控えている。

予め出勤が1時間近くも遅れそうな時は自分の所属する女性に電話をして「届け」を出すのだ。

例えば急にお客から呼び出しを受けてお客のところに「直行」するという届けだ。

このようなことは事実起こりえるのだか、大体は嘘でそれを係長は聞いていて嘘だと分かってはいても自分も過去に脛に傷があるものだから何も言わない。

こういう場合は前日に届けを出さなければいけない、という規則があるが当日出しても受理されるから事務所開設以来遅刻者を出したことがない。

朝寝坊の人には答えられない会社である。

帰社する時には一切判は押さない。

終業時間が来たところで自分で判断して係長に申告して帰る。

係長とグルになれば終業時間前に帰るのはいとも容易なことである。

終礼があるわけでもない、出先で終業時間ともなればそのまま「直帰」となる。

残業の時は係長に申告して許可を得て庶務に届ける。庶務は出勤簿にそれを書き込み給料計算の材料とする。

管理職、課長以上は残業は付かない。

大体一日平均3時間、週15時間、月60時間もの残業をする人がいて残業代だけでも給料の半分にもなってしまう人がいて所内からは「残業の鬼」と呼ばれていた。

大体そういう人は妻帯者で係長が多かった。

庶務の女性、自分の係の女性、このふたりは出勤を助けてくれる重要なキーウーマンでこれらの人をおろそかにするといざという時に融通が効かない。

日頃から付け届け、海外に出張に行く時には必ず何が欲しいか聞いて出発して他の人のプレゼントは忘れても良いが、この人達のプレゼントは何があっても忘れてはならない。

係長は全く力がなくて問題にならない。

最近、このようなことを題材にした「庶務何とか」というテレビ映画が放送されていたが全く的を得ていると思う。

私の勤めた会社は以前は半官半民で外国からの観光客を誘致して外貨獲得が目的の国策会社であった。

それが昭和30年代に民営化されて株式会社となり一般の会社と同じ扱いになった。

だが私の入社した昭和40年代にはまだこの時ノ雰囲気が色濃く残っており他社から見たら非常に官僚的であったであろう。

日本航空(JAL)、国鉄(JR)などはこれに良く似たシステムを持っている。

この会社の人達と会話すると同属会社にいるみたいな感じを受ける。

つまり違和感を感じないと言おうか、同じ根っこの上に幹があるとでも表現したら良いのか、労務管理にしても福利厚生にしても、給与体系にしても少し話せば大体の要領が掴めるのである。

これらの会社には幽霊社員や縁故社員がいる。