■添乗員はやめられない パート4副業その3
■添乗員はやめられない パート4副業その3
パート4 (副業)その3
幸いなことにまだ消えていない線が残っています。それは日本側のラインです。
現地の旅行社で稼ぐ、現地のナイトクラブで稼ぐ、これはアウトです。
でも自分で集客してきた客は無傷です。
そうだこれからは現地旅行社やナイトクラブを経営しないで、それらを使う方の立場になろう。早速マニラに飛び、日本人のツアーなど取り扱ったことの無い旅行社と細部に亘って契約した。ナイトクラブは自分の指定したクラブを使うようにした。
自分自ら添乗し現地でガイドの仕事もこなした。できるだけ仕事の流れをシンプルにしてある程度の手数料を現地旅行社に保証した。
この方法は旨く行った。こちらはチャーター機でお客を運ぶのだから100名単位、殆ど全員が3泊女を買った。1万円で販売してNETは確か2000円位だったと思う。以前のオートメーションみたいには行かないが裏切られる心配が無いだけでも気が楽だ。これで随分稼いだ、当時の金で’千万円位は稼いだのではないか。
でもナイトクラブ設立費用、旅行社投資金がパーになったのでフィリッピン勘定はプラスマイナス、ゼロかな。
フィリッピンに高い授業料を払ったと思えば良いか、それに200人の遊び代もあるのだら諦めよう。
この方式で1年位やった。けど綻びが出た。
今度は余りにもこちら側にお金が入り、フィリッピンの旅行社には少ししか手数料が入らないのに嫉妬を抱いた旅行社の経営者がフィリッピンの入国管理局に不正外貨持ち出しの罪で訴えたのである。
フィリッピンは外貨が不足しているので旅行者が入国する時に入国した以上の外貨を持ち出すのには許可がいるのです。外国為替法違反。結構罪は重いようですが全員裏金を払って無罪放免になります。
私の場合はホテルに入国管理官が数人きて入国管理局に連行されました。
しかし、ちょっと彼らがホテルに来る前におかしな動きが有ったので外貨の全額を貴重品預けに入れてあって、取り調べではその外貨が出てこなくて証拠不十分で釈放されるのですが、そこに至るまではイヤがらせ、誘導尋問(彼らの犬になっている日本人がいる)やら、あらゆるテクニックを駆使され自白を強要されました。
要するにこの国では、フィリッピン人が絡んでは商売はできないということを痛感させられた事件でした。
丁度その時あたりからフィリッピンツアーも下火になってきましたので、ここが潮時かなと思い撤退に踏み切ったのです。
以後、私は3年間に亘りフィリッピンのブラックリストにアップされ一度これを知らずに入国しようとしたところ国外退去処分を受けました。
入国管理官が最後にマニラを後にする時に「アンダーマネーで解決できる」と言い寄ってきましたが、ハッキリと彼に言ってやりました。
「この国にお金を払って入国する価値は無い」と。
2年後、旅行社にでしかできない裏技を使ってフィリッピンに数回旅行しましたが、1972年に最初に来た時から考えると大変人心はすさんでいるし、経済政策の失敗、自然災害の発生によって多くのホームレスが発生しているように思います。
事実フィリッピンペソの対ドルレートは2004年現在10数倍に下がっています。
という意味は国内産業が無く、加工貿易に重きをなしているフィリッピンとしては物価が10倍近いインフレーションを起こしているということなのです。
これでは人々の生活は毎年毎年悪くなるばかりで、一部スペインの残留組、中国からの移民組の富裕層との格差は広がるばかりです。
唯一国民の生活を支えているのは海外出稼ぎで男はシーメン(船乗り)、中東への役務契約者、女は日本のジャパユキさんを代表とするエンターテイナ(ホステス)、欧米への看護婦というのが悲しい現実です。
仕方が有りませんこの国には政治も経済も人がいないのです。
これから先、フィリッピンは改善されることはないでしょう。いや、もっと悪くなって行くのだろうと思います。国のファンダメンタルズが悪すぎる。
最後に笑い話をひとつ、「フィリッピンをアメリカの52番目の州に」という国民投票をフィリッピン人にさせたら、おそらく50%以上の確率で承認されるだろう。
というもっぱらの噂が有るのです。








