パタヤの長距離バスターミナルで
2、長距離バスターミナルにて

タイの庶民の足はバスだ。飛行機は高すぎる、列車は不便だ、もっとも列車の通っていない町だってたくさんある。必然的に便利で経済的なバスに落ち着く。中都市くらいの町だとだいたいバンコックからの便があります。プ−ケットやチェンマイ、チェンライなどの長距離から日帰りができる程度の距離にあるナコンサワン、コラート、フォアヒンなどへも頻繁に出ています。
バンコックの場合ですと方面別にバスターミナルが別れていて北部へはモウチットターミナル、南部、西部には南ターミナル、東部へはエカマイターミナルと言った具合です。どこの町も同じようで、運行している会社によってターミナルが違う場合もあるようです。私が住んでいるパタヤでもバンコック方面ゆきのターミナルとウドン行きのターミナル、そしてチェンマイ、チェンライ行きの、ターミナルが別れています。それにウドンタニやコンケン、コラート方面からの路線バスもありましてターミナルという形をとっていなくても、早朝は大通りのスクムビット通りはいつもカバンを持った地方からの人たちで溢れています。
ラブハンターが狙うバスターミナルは近距離のものはダメ!つまりバンコック、パタヤ間のターミナルは目指す魚はいないということです。その他のターミナルはOK!でも到着が殆ど早朝だからきついねー。ターミナルにバスが着くと乗客は一目散に目的地を目指す人と、あきらかにそうでないそうでない人とに大別される。タイ人は同郷の人間が同じ職場を形成することが良くあります。ある会社にいったら社長以下全員同じ田舎の出身者であるという話を良く耳にします。
ビア−バーに行ってもこのカウンターはコラート、隣のカウンターはウドンタニ等々。多くの女性は知人、友人、ファミリーをたよって地方から一獲千金を夢見て出てきます。都市と田舎との通信事情は50年前の日本で村の中で一台あってそこの家から取次ぎ、という有り様で、本人が出てくるまでに15分ぐらいかかり通話は1分。あまり時間がかかるので伝言など頼むと実際には伝わっていなかったといおう事は日常茶飯事。だからターミナルで泣きべそを掻いている女性を見かける訳です。

チャンス到来!!すぐに優しく話かけよう。「どうしたの?どこに行くの?お腹は空いてない?友達と連絡が取れるまで食事でも。。。」と言った具合。タイでは困った事があると相手を良く食事に誘う習慣がある。それを使う訳だ。なかなか始めは警戒心が強くこちらからの誘いに乗ってくれる娘は少ない、田舎から出てきたばかりだからそれは仕方がない。そんなに簡単に『ああそう、じゃあ』なんてくる娘はちょっとおかしい。プロである。一度里帰りをしてからの出戻りかも。
何度かバスターミナル周辺を行ったり来たりしていると、まだこの娘ここにいる。といった風景にでくわしたらチャンスである。だいたい困って泣きべそをかいていますからこちらからのアプローチを受け入れてくれる余地があります。でもこれを目的にしてバスターミナルで張っていても中々こういう情景に当たることはありません。かえって何の気なしに通りかかった瞬間にそのような情景に出くわし、チャンスを掴む事の方が多いと思います。(念じれば通 じる)でしょうか。
その場合、きっと貴方は何かの用事でそこを通りかかったはずです。それが目的ではないはず。日本人は最初の約束を優先させます。目的の途中で起こったハプニングを現実の物にしようとする人は少ないと思います。きっと貴方が日本人ならば、相手に電話番号と名前を聞いて再開を約束すると思います。
それがいけません。一度しかないからハプニングなのです。それにタイ人に『何月何日何時に会おう』という約束は無いと思って間違いありません。彼等は時間の観念がないし、刹那的な生活をしています。約束という意味も日本人が持つ意味とは若干違うような気がします。このような約束をして守られたケースは非常に稀で、守られないケースが遥かに多い。タイでこのような経験をした方が少なくは無いと思います。良い、と思ったら時間を置かず直ぐ実行!迷わないこと!これがスタイルです。多少約束の時間に遅れようがすっぽかそうがマイペンライ。
「鉄は熱いうちに打て!」郷には入っては郷に従え。約束の相手も自分にも経験があるものですから「ははー、あのヤロ−何かいい棒にでも当たったのかな」位の気持ちで許してくれると思います。逃したウサギは二度とは戻ってこない、と言う事をお忘れなく。

この暑いタイでオーバーコートを着ていた娘を発見!一見してこの娘が北部山岳地方の出身である事が見て取れる。たぶんチェンマイかチェンライだろう。迷わない事!相手だって迷っているのだから自分が迷ってどうする、と自分に言い聞かせながら勇気を振り絞ってアタック。夜であった為、(相当の時間、この娘はここで待っていたのだろう)すんなりと首を縦に降り私のアパートについてきてくれました。もう覚悟を決めていたのかもしれません。声をかけた私の勝利!
友達を頼ってパタヤに来たのだが約束の時間と場所に来なかったといっていました。よくある話と聞いていました。「たぶんどこかで良い客でも掴んだのだよ」と言いかけましたがその不憫さを考えて閉口していました。勿論、始めは一緒にシャワーを浴びるなどは持っての外で、ベッドの中でもTシャツを着てジーンズを履いて寝ていました。最初の晩はオッパイを触らせてくれる位で、下半身のアプローチはダメ。キスもできるような雰囲気ではありませんでした。次の日には帰ってしまうので残念賞かと思いましたが、どういう訳か出ていく気配が無い。きっとお金が無くて田舎に帰るにも食事をするのにも困っていたのではないかと思います。
2日目にやっと許してくれました。
彼女の服を脱がせるのに興奮しました。童貞破り以来の興奮です。彼女の全ての服を剥ぎ取り肌と肌を合わせる時には、息子はいきり立っていて手の付けようがありません。以外と彼女の森の奥は湿潤で温かく、しかも柔らかく私を包み込んでくれました。あっという間に感極まって年甲斐も無く頂点に登ってしまいました。
あーあ恥ずかしい。絶対にもう一度ヤルと決心しながら深い眠りについてしまいました。朝方、目が覚めると彼女はまだ寝ていましたが、私がモジモジするのを見て察してくれのか敗者復活戦を受けてくれました。前戯をしていると改めて北の娘は中国人の末枝だなーと感じる。タイ人の娘は南に行けば行く程皮膚の色が黒くなる。肌は冷たく、ザラザラしていて鳥肌のような娘もいる。けどこの娘は違う。肌はシットリとしていてきめ細かく、もち肌である。一度肌を合わせると吸い付く様な柔軟性がある。日本人にも似ている。私は自分の体温が高いために皮膚の温度の低い娘を隣において寝るのが好きでしたが×××はこっちの方が良いと改めて実感した次第です。

その後、一晩泊まって4日目の朝に彼女は私の所から出ていきました。出ていく時にうっすらと涙を頬に滲ませ「ラコ−ンナ、チョ−クディ−」といいました。英語でいうGood bye and good luckでしょうか。
彼女は友達と合流してパタヤで少し働いていたようですが、気に入らなかったのか仕事をバンコックのスヌ−カーハウス(日本のプールバー)で働いているようです。私はビリヤードはやらないし、彼女が働いているところがバンコックでも下町でややっこしい所にあるので縁遠くなってしまいました。
おわり








