ビーチの女達
13、ビーチの女達

パタヤという町はベトナム戦争以前は鄙びたリゾートビーチでありましたが、ベトナム戦争が激烈になるとアメリカの兵員の休息や補給基地として脚光を浴びることとなりました。パタヤのすぐ近くにサティヒップという所がありそこにタイ海軍の基地があったので米軍にとっては都合の良い場所だったというのが由来です。
1970年代になると日本からも観光客が押し寄せ、タイに行ったならばバンコック2泊パタヤ1泊の3泊4日というコースが主流で、町は日本人の観光客バスと団体客とで賑わっていた頃もありました。海が綺麗ではないこと、団体用の良いホテルが充分に無かったこと、アメリカ軍の客が多かったことなどが理由で次第に日本人の観光客はプ−ケットやサムイ島に取られてしまいました。
何といってもパタヤに一番早くから来て、現地でも幅を効かせているのはファラン(白人)と呼ばれるヨーロッパの人達でしょう。ドイツ、イギリス、オランダ、スイスなどのアングロサクソン系の国々です。町の中の歓楽街はそれらヨーロッパの人達に遊び易いようにできています。オープンビアバー、ソープランド、ゴルフ場、海岸線のビーチパラソルの日光浴場など、どれも彼らの好きな物ばかりです。
その次にこの町にやって来たのはアラビア人です。オイルショックの時に稼いだオイルダラーを持ち込み自分の国ではご法度の女遊び、酒、麻薬をヤリ放題。さぞかし彼らにとってはタイは天国と思えたでしょう。最近では経済マフィアのロシア人、経済発展の著しいNIES諸国,韓国、台湾、香港、シンガポールの国々です。最近、タイの経済発展に伴いタイ人の週末の別荘地として脚光を浴びてきており、金曜日の夜から土曜日にかけて下り線が、日曜日の午後から上り線の道路が渋滞して以前ではなかった光景が見えるようになりました。

新国際空港が2005年に移転が予定され、空港とパタヤの間は今の半分の時間で来られるようになり観光客の増加を見込んでホテルの建設ラッシュが続いています。
パタヤで働いている人も休日にはビーチパラソルの下でゆっくりと過し、グループで円座を組んでパーティーなどを楽しんでいる姿を良く目にします。そうパタヤはその時代、時代にお金を持っている国の人々が訪れ、お金を落として行ってくれる典型的なアジアの歓楽街なのです。
このビーチロードで面白いものを目にします。夜鷹です。別名街娼(タチンボ)。パタヤの人達は「チャタレ−婦人」と呼んでいます。チャはタイ語でing、タレ−は海。海で何かをしている女性という意味になります。昼間から出没して朝日の昇る4時頃まで営業していて、特に朝の2時から4時位の間はバーゲンセールの時間帯で残り物に「福」があるか試してみるのも一興かと思います。
この夜鷹、実に種類は雑多でオカマからプロ意識に徹っしているお姉さん、働き口が無くて取り敢えず売春をやっている女、田舎に帰るお金が無くてチョイの間、体を提供する娘など様々です。夜鷹ですから病気、盗難、逃亡の危険は常に有るわけです。値段は300バーツ位から1000バーツ位。ビーチロード2.5kmにその数およそ数百人。
どうしてそんなに夜鷹が多くなったかと言うと、これも私の推測ですが地方からの流入者が増えたこと、店に勤めていた女性が解雇されたこと(ビア−バーで女性を働かせる為には最低保証しなければならないことやホステスとして雇う為には性病検査を受けさせなければならないなど店の負担が大きくなった)、女性の方から言えば店に勤めていると例えお客を掴んだとしても店に払うバックマージンが大きいので自分で商売をする気になった。という事が考えられます。
パタヤビーチの南にジョムティエンビーチがあります。パタヤビーチからは少々外れているために静かな落ちついた感じのするビーチです。パタヤビーチのホテルが満員で断わられたりするとここのビーチに回されます。東京でいう所の、熱海に対しての湯河原、伊豆山、熱川でしょうか。
当然コンドミニアムも多く、タイ人の週末の客やパタヤで働くタイ人達の憩いの場としても週末は大変な混雑です。モロ観光客相手の商売(チャタレ−婦人)というのはこのビーチにはいませんし、また夜の商売もここでは数件しか見当たりません。
私の経験:1

泊まっていたグランドジョムティエンパレスの前のパラソルの下で日光浴を楽しんでいたら隣の区域のパラソルに2人連れの若いタイ人の娘が遊びに来ていて食べたり泳いだりしている。お客は日曜日にもかかわらずビーチの外れにある為に閑散としていた。
チラッチラッと目と目が逢う。目が逢う度にタイスマイルを忘れない。そのうちに昼時となり食べ物の交換が行なわれる。こっちに来ないかと手招きする。恥じらしいを見せながらも腰を浮かせる。近くで見ると中の上クラス。こちらはひとり、相手はふたり。どうしよう。彼女達は水着を着ないで海にTシャツとジーンズで浸っていたので潮でベタベタの状態でした。
「そこのホテルに泊まっているだけれど部屋に行ってシャワーでも浴びない?」と誘う。コックリとふたりとも頷く。
ふたり一緒にシャワールームに入ったきり中々出てこない。自分の体と服をそれぞれ洗っているのだから時間がかかる筈。1時間もイライラしながらクーラーをかけ、面白くないテレビを見ていました。あいにくふたりいっぺんにシャワールームから出てきて口説きようにもそんな雰囲気ではありません。「仕事は何?」と聞いたら、
「美容師とマッサージ師」
同じようなものか。とにかくムードを変えなくてはいけない。できればふたりを引き離したい。何か良いアイディアは無いか?彼女達が洗濯したTシャツとジーンズをベランダに干すということになり、少し時間がかかるので寝ることにしカーテンを閉めて部屋を暗くしました。
少し前進。ツインベットに向こうはふたり、こちらは私だけ。寝るふりをしてふたりの様子を窺った。ひとりひとり片づけるか、それともふたりいっぺんか。30分位ウトウトしていると、ひとりの方がトイレに立つようである。すかさず私も彼女の後に続いた、怪訝な顏つき、明らかに驚嘆の表情が見て取れる。トイレに押し込む時に抵抗されたが口に人指し指を立てて、シーと彼女の言葉を遮った。
「ポム アオ クン マーク マーク(君とヤリタイ)」と下手なタイ語で迫り抱擁。それ以上、彼女が抵抗しないのを確認してキスの嵐、そして胸から下半身に対しての愛撫。着替えのTシャツを脱がせるとブラジャーはしていなかった。
ズボンとパンティ−を擦り下ろし、浴槽に手を着かせて、お尻を私に向けさせた。華奢な体つきなのでお尻も子供のもののように可愛かった。突き立てようとしたら彼女はコンドームを使ってくれと哀願した。こっちも望む所。前戯のないXXXXなので上手く挿入できず苦労したが、コンドームのゼリーに助けられて目的を果たすことができました。

この娘、殆ど陰毛が無くパイパン状態だ。全然無いわけではないのだが、良く見ると生まれたばかりの子供の頭のようだ。そういえばタイにはパイパンが多いと友達は言っていたな。日本ではパイパンに当たると幸運が来るとか。反対にケガをするとか。おい、一体どっちが本当なんだい。
トイレでドタバタやっていたのだから、もうひとりの方も気づかない筈がない。何分位やっていたのだろうか想像もつかない。パイパン娘をトイレから先に出させ私は風呂を使った。部屋の中で女同士の笑い声が聞こえる。聞き耳を立てていたのだろう。トイレから出るのはちょっと恥ずかしい気持ちもするが、思い切って頭を掻きながら部屋に戻った。ふたりともこちらを向いて笑っている。何と開放的な人達か。
残っている娘と今やれ、と言われてももう無理だ。回復には時間がかかる。男とは不思議な動物で、できないとやりたくなる。残った方の娘に関心が残る。夕刻、仕事でもあるのだろうふたりは帰って行った。帰り際に千バーツを渡し電話番号を聞いたらパイパンの方が教えてくれた。もう君はいいのだよ。改めて残った娘に君の電話番号は、とはいかにズ−ズ−しい私でも聞けなかった。まあいいか!
経験:2

私の家のすぐ前はビーチになっていて気分転換にと散歩に出掛けた。今日は平日で風も清々しく海も穏やかでベタ凪だ。20バーツ払ってビーチパラソルの下に席を確保する。本を読みながら簡単に売り子のフルーツと天ぷらで腹ごしらいをする。すると肌の色が小麦色で細身のキュートなビキニを着た女性がやおらマットを敷いた上にうつ伏せになりマッサージのオバさんを呼んでタイマッサージを始めた。
世に言うビーチマッサージだ。そのキュートな女性とチラッ、チラッと目が合う。歳の頃は25歳位だろうか童顔で若く見える。ビールを奢ると、色々なことを喋る。友達のコンドミニアムを借りてパタヤに遊びにきたこと、自分はタイ東北地方のシーサケットという町に住んでいる事、仕事は何もしていない事、明日帰るという事。
これは大変だ!早速今夜のディナーを招待する。気持ち良く受けてくれた。この近くにはパタヤでも有名な一流レストランが数多く有る。イタリアン、コンチネンタル、インディアンなどなど。
今日はイタリアン「パンパン」のガーデンレストランでパスタを食べる。食前のチンザノが旨い。食後のデザートは勿論ジェラード。レストランを出る時に「私のコンドミニアムを見る」と誘われる。勿論断る理由など全く無い。彼女の借りたコンドミニアムはジョムティエンビーチの海岸線にあった。1DKであったが50平方メートル位の広さで日本の典型的なマンションの広さと言える。
こじんまりとしていて綺麗に整頓されている。このマンションの持ち主と彼女の関係は?そう言えば彼女は無職と言っていたが、このマンションのオーナーの囲われ人か?その晩、彼女と激しい愛の交歓が行なわれたことは想像に難しくないことでしょう。翌日、本当に彼女はシーサケットに戻って行った。
おわり








